香取絢子さんは、三年前、
おせっかい塾の準備のときから参加しています。
もう高校生になったので、これからは
キッズのよきおねえさんとして活動をつづけます。
今、私にできる事」
船橋市立三山中学校 一年 香取絢子


 私がゴミについて考えるようになったのは、五年生の時、印旛にある捷水路という川へ行った頃からです。そこは自然が美しく民家もわずかでとても静かな所でした。ところがそこには驚くほどたくさんのゴミが捨てられ、この時に家族と拾ったものだけでも、タバコのすいがら、空き缶 、インスタント食品のパックや袋、からまった釣り糸など、あきらかに地元の人だけでは捨てることのできない量 のゴミが捨てられていました。私達が拾ってきたのは、ほんのごく一部です。それだけでもゴミ袋一枚分は軽々入ってしまいました。  

 しかし、ここは私達以外にも以前から地元の人がきちんとゴミ拾いをしていたのです。毎回行く時は必ず川の周りのゴミを拾っている地元の人の姿を見かけます。そんな人々の努力も少しもむくわれず、その頃毎週のように、この川に行っていましたが、その度にゴミがどんどん捨てられていくようで、目をやる所には必ずゴミがあるという状態にまでなっているほどでした。  

 人もわずかな村がこんなに急激によごれてしまったのはここに釣りをやりに来たり、遊びに来たりした、私達のような人々が原因でした。今やそういった人は続出していて「捨ててはいけない。」という考えが、あたり前ではないようになりつつ
あります。こんな自然のよごれた姿を見た事により、私の心の中にはかなりのショックがありました。「人間がここまでよごしてしまうなんて・・・。」こんな気持ちと同時にこの事は私の記憶にしっかりと焼きついて、こうして今、ゴミについて考えるきっかけにもなりました。  

  生活の場をよごす事だけがゴミの問題ではありません。年々増えて処分しきれずにいるのもゴミの大きな問題です。うめたり、燃やされたりしていますが、こんな事をしていたら、今度は人の体に有害なガスも多く発生してきます。まさにゴミ問題は人にとって解決するべき、難問だと言えるでしょう。  

  生きているからにはゴミはどうしても出てしまいます。だから、今度はそれを解決する事につくさなければいけないと思います。もし、このまま、こんな状況が続けば、ゴミからガスが出るどころか、処分するあてもなくなり「ゴミを捨てる。」という事さえも、簡単にできなくなるかもしれません。だから"努力"をおしむ事をしてはいけないと思います。  

  私達にも少しでもゴミを減らす事のできる方法は必ずあるはずです。例えば私の学校では、現在大問題になっているダイオキシンを防ぐため、焼却炉の使用を制限することになりました。そしてゴミはなるべく出さないようにし、学校でやむをえず出たゴミは有価物とその他に分け、個人で出たゴミは持ち帰る事になりました。すると「どうせ持って帰るのだから。」とみんな余計なゴミは出さなくなりましたし、「有価物かな。これは。」という言葉もそれぞれの口から出てくるようにもなりました。少しずつですが確かにクラスから出るゴミの量 は減ってきました。

 学校だけではなく、個人にもできる中で、一番続けていく事のできるのは"リサイクル"だと思います。ゴミのもとをたどれば大切な資源なのですから、それを使い回すという事も重要になってくると思います。私も自分が出すゴミを改めて見てみるとほとんどが紙のゴミで、木を資源とするものです。それを一部でもリサイクルする事ができれば、少しでも資源を守る事ができるのではないのでしょうか。これを続けることができ、良い数字として表れれば「やればできる。」と"ゴミゼロ"への自信もつくと思います。

 「なぜ国が早く対策しないのか。」とゴミ問題を他人のものとしている人がたくさんいます。私もその一人でした。でも、今考えてみればその自分自身、ゴミを少しでも減らす"努力"をするべきだと思います。

 私はこれ以上よごれていく街を見たくはないです。だから「一つのゴミくらいなら。」という考えではなく「一つのゴミでも。」という考えを持っていきたいと思います。それと、街のために少しでもできる事、どんなささいな事でも私はやっていきたいです。
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