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おとなのみなさんへ
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| こんなとき、あなたならどうする。
ルルルルル♪ 電話にでると、なつかしい声がきこえてきた。インテリアデザイナーの安永孝一さんだった。 「ちかくに越してきたんですよ。一度遊びに行きます」 大手建設会社をやめ、いよいよ独立したのだという。それで、代官山のちかくにオフィスをかまえたのだ。その彼から、こんな話を聞いた。 あるとき、安永さんは昼ごはんを食べに、近所の中華屋さんにいった。昼時でもあり、お店はこんでいた。狭い店の中に、何人か並んで待っている。母子が食べている。こどもは、小学校の高学年くらいだろうか。しかし、ふとみると、母親は「もくもく」と食べているのだが、料理がきているのに、こどもはマンガに夢中で食べはじめる気配がない。待っている人は、気になったにちがいない。それが普通 だ。そのうち、並んでいるひとりが、ついに見かねていった。 「待ってる人がいるんだから。早く食べなさい」 (正しい!) すると、こどもはいったそうだ。 「おまえにいわれるすじあいはない」 !!!!!小学生ですよ、小学生。なんとおそろしい。おまけに、やりとりの最中、母親はこどもを注意するでもなく、食べるのをうながすでもなく、かといって顔をあげてにらむでもなく、「もくもくと」いっそう食べることに集中していたそうだ。 安永さんを含め、周囲は怒りをとおりこして、あ然としてしまったらしい。ボクも、あきれてことばを失った。それに、こどももこどもだが、この母親はいったいどうしたことだ。罪なくなんのことかわからないのであれば、「どうしましたか」と聞くだろう。それをしないのは、わかっていて問題から逃げている典型的なパターンだ。 いつも聞いているか、あるいは教えられなければ、こどもはこんなことばは覚えない。家庭環境といえばそれまでだが。社会のルールを教えることもできない。こどもをしかることさえできない。教育という親の義務を放棄しているのか、はじめはそうではなかったがやがてあきらめてしまったのか、あるいは、親さえその非に気づかないというのか。?がいくらあっても足りない。 母親も不幸だが、社会のルールさえ教えてもらえないこどもは、もっと不幸だ。さびしい。いったいだれが、この子に物事の善し悪しを教え、社会へ出る練習をさせるのか。 こんなとき、あなたならどうするだろうか。 Aその場にいあわせても、何も感じない。 →あなたの感受性は相当おつかれですね。 B 人のことはほっておく。 →典型的な自己中あるいは弱虫。 C 大いに気になるが、注意する勇気がない。 →多分こういう人がいちばん多い。感受性は正常だからあとは勇気だけ。 D 反射的に、あるいは勇気をもって注意する。 →まちがっていたらたとえ他人の子でも注意する。すべての大人がこんな「愛あるおせっか い」であれば、こどもはこんな風にならない。もちろん、いまからでもおそくない。 E しかるだけでなく、母親にも注意する。 →こどもがこうなったのは、教えられない親のせいだ。「あなた親でしょう。自分のこどもに きちんと注意もできないの」と説教をはじめる。 ボクは御存じのとおりおせっかいだし、こどもをほっておけないからD>E (ときどきC)。さて、あなたなら。 back |
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| 宮崎駿監督もおこってるんだぞ。
この国の一番大きな問題。 (山口憲和さんのメール) きくちさん、ごぶさたしています。 お元気ですか? 手を怪我されたりして大変だったようですが、大丈夫ですか? 下記のニュースを読んでいたらきくちさんのことを思い出して、 メールしてみようと思い立ちました。 第52回ベルリン国際映画祭で、日本映画として39年ぶり、アニメとして初の金熊賞(グランプリ)を獲得した「千と千尋の神隠し」の宮崎駿監督(61)が19日、東京・ 内幸町の帝国ホテルで会見した。 ベルリンでの授賞式に出席し、同日帰国したスタジオジブリのスティーブン・アルパート海外事業局長からトロフィーを受け取り「毎日映画コンクールも随分重かったけど、これも重いね」と笑顔の宮崎監督。しかし取材陣から「日本アニメが世界レベルになったということか?」と問われると、その表情は一変。「私に言わせればどん底にきている。庵野(秀明監督、41歳)が“自分たちはコピー世代の最初”と言っていて、それより若いのはコピーのコピー。それがどれだけゆがんで薄くなっているか、痛切に感じている。どう突破するかは若い人たちの課題」とバッサリ。 また、日本人の消費生活についても言及。「自分たちもビデオを売っているが、ビデオを見たりゲームをして何時間もテレビの前にいることで、まともな子供が育つわけがない。喜ばれれば喜ばれるほどジレンマを感じる。この国の一番大きな問題」と語った。 (スポーツニッポン) back |
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| 中村さんもおこってるんだぞ。
山からのメッセージ。 学校の完全週5日制と、総合学習における自然体験学習の奨励義務化が実施されました。それを背景に、アウトドアから広い視野で社会を見つめる、中村達さんのズバリ的を得たメッセージです。中村さんは、中学時代から山登りをはじめて、高校・大学は山岳部に在籍、カラコルム・ラトックl峰(7,145m)など多くの海外遠征を経験。昨年7月には、自然体験活動推進団体・学会・関係省庁(文部科学省、環境省、農林水産省等)・産業界などが参加する『アウトドアズ産業教育研究会』を発足させました。 「日本の山々は中高年者の姿ばかりが目立ち、若者たちはゲームと接帯電話にうつつをぬ かしている。海外の若者たちが辺境の地や山々を、汗を流しながら嬉々として歩く姿の背後には活力ある社会がある。バーチャルな世界にのめりこんでいる社会とは、将来、国力が予想以上の格差となって現れるにちがいない」 (柳田公市さんのアンサー) ソフトの欠如とマイスターの育成が遅れた業界関係者と、日本人的自然観とがますます若者の自然離れを増長させていると感じています。受験勉強が目的化しているおかしな教育環境とそれを容認している社会構造からの、根の深い問題を沢山抱え込んでいますね。 back |
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| パレスチナの人もおこってるんだぞ。
ノー天気に冷たい視線。 江島さん【ベツレヘム(ヨルダン川西岸)17日ロイターES=時事】 ヨルダン川西岸で聖誕教会へ行こうとした日本人旅行者カップルが、ガイドブックに夢中になって交戦地区に迷い込み、地元のパレスチナ人から「冷たい視線」を浴びた。 防弾チョッキにヘルメット姿のカメラマンがふたりを発見。銃弾だらけになった建物を指さして紛争の最中であることを伝えるとふたりは教会行きを中止した。カップルのうち、男性は「6カ月間旅行中で、TVも新聞も見ていなかった」と当惑気味に話した。 パレスチナ人はふだん、聖誕教会を訪れる旅行者には注意を払わないが、地元の女性や子供は信じられないという様子でふたりを見ていた。 (柳田公市さんのアンサー) 海外での常識のない行動をするのは日本人とアメリカ人が多いわけですが、こんなバカップルは帰国を認めるべきではないな。 back |
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| 松田征士さんはおこってるんだぞ。
大人の責任。 金曜日の深夜十一時頃、雑誌を買いに近所のコンビニへ出かけました。五人の明らかに高校生の茶髪だけれど童顔の一団がおでん、ポテトチップ、焼ソバにビール片手に店の前で車座に成って酒盛りです。 「呑まなきゃ、やってられないよなぁ」、「おい、ビールが無いぞ、誰か買ってこい」と叫ぶ側を避けて店に入ります。その中の一人が私の目の前で缶 ビール三本の勘定を済ませました。店員さんも同じ茶髪のアルバイトなので、少しの疑問も見せませんし、特に質問もしません。「ありがとうございました」とマニュアルどおりです。米国なら即刻営業停止処分ですが。 翌日の土曜日、東京競馬場の指定席です。私の前の列に三名のやはり高校生らしき若者が馬券を買って大騒ぎです。勿論、入場の際に誰も何も云わないし、馬券を買うのも自動販売機ですから文句も出ない。場内の「学生は勝ち馬投票券は購入できません」の看板とアナウンスがむなしく響く。 これで我々大人の責任は果たされているのでしょうか。 二つの現場に居合わせた私も勿論、卑怯な者で別に何も云いません。彼らを取り囲む周りの人々も何も云いません。誰も何も云いません。多分彼らのご両親も全く何も云わないのでしょう。こうした場合、誰が彼らに言葉をかけるべきなのでしょうか。声をかける勇気は誰にでもあるわけではありません。貴方にはありますか。日本全国誰もが自分の責任や仕事を逃げているかごまかしている。そういえば憲法九条の解釈もそうなのか。皆様、何か良い解答があるでしょうか。馬鹿な息子や娘を育てているのは我々自身で、根底から国の尊厳が崩壊し世界中から馬鹿にされていく。 俺は怒っている。 back |
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| 松田さんもまたおこってるんだぞ。
貧しい国。 台風一過の10月9日〜10日と北アルプス/穂高へと登山した。会社の同僚の三人で、生まれて初めての登山だ。空気は爽やか、雲一つ無い青空、紅葉が頂上から下り始めて景色は絶景、気分は最高潮。だが。 10月8日の夜、JR新宿駅六番線ホーム、23時50分発アルプス号に乗車するため22時に行く。ところがホーム上は既に満員。人波は増える一方。23時過ぎにはホームから人があふれんばかり。駅広報がマイクで「急行券、乗車券をお持ちでないと乗車できません。あらかじめお買い求め下さい」とがなり立てる。定期券でホームまで入った私は慌てて同僚を残して買いに行く。そこでも長蛇の列。しかも中々進まない。23時30分頃列車が入線し乗客が殺到する。「無事に席を確保してくれるだろうか」と心配するも、こちらはまだ並んでいる。前に進むと遅いわけが分かった。ポケコンにいちいち入力しながら発券をしているのだ。そのコンピュータの反応が遅いのだ。JRでは乗客数と行き先を当然予測している筈なのに、この応態はどうしたわけだろう。分からない。新宿ー松本間の切符と釣銭を予め用意して置けないものなのか。お陰で二人掛シートに三人で座るはめになった。通 路も登山客で超満員。便所へ行くのも我慢した程だ。仕事とはいえ、その中を検札に来たのだ。御苦労さんの上に迷惑だ。乗車時にしっかりと検札したのだからその必要性が分からない。 ロクに眠れもせず、松本駅に朝の4時頃到着。やはり七、八割が降りる。次は松本電鉄で「新島」迄行く電車に乗り換えるのだが、これが驚いた事に3両連結でしかないのだ。JRと情報が連結していないとしか考えられない。なぜだか分からない。分からなくても毎年のことだから推量 出来ると思うのだが。お蔭様で今まで経験したことのないラッシュを味わった。終着駅まで両手両足ともビクッとも動かせなかった。 上高地から横尾山荘まで歩き、宿泊。一泊二食付きで八千円也。六畳間に十二人寝る。まるでオイルサーデンの缶 詰だ。話には聞いていたので覚悟はしていたけれど。ひどい状態だ。彼が泊まったヨーロッパ・アルプスの山荘では約四千円也。食事は付いていないけれど、完全個室でベッドとシャワー付きだと、帰ってから友人から聞いた。翌日、道中会った人に聞けば、涸沢ロッジでは三畳間に十三人、六畳間に二十五人押し込まれたそうだ。それでは寝るどころではない。一体どうなってるのだろうか。山のベテランに問えば「そんなもんだよ山小屋は何処でも」と言うが、私はそうは考えない。何処に日本の豊かさがあるのだ。自然が悪いのではない、唯、誰も何も考えていないか、きっと考える方向が間違っているのだ。 18時に上高地、河童橋まで下山してきて見ればバスを並ぶ長蛇の列が出来ていた。皆疲れているだろうに。真暗闇に冷気が身体を容赦無く包む。タクシーの方もバスを並ぶ人の半分ぐらいの列。遅遅として進まず、1時間半程待った19時半頃、タクシーを待つ人の先頭へ行き聞く「何時から待って居られるのですか」「3時からです」、何と4時間半だ。信じられない。バス、タクシーや鉄道会社は、どれくらいの人びとが入山したか知っているはずだ。帰りの足もタイムリーに用意するのが常識だ。いや義務でさえある。幼い子供もいる。泣き喚く。大人も怒りを我慢している。だだひたすら待つ。情けない、悲しい。勇気ある怒鳴る人もでた。「もう二度と上高地なんかに来ないぞ」。今日の良き日がワヤじゃ。これが日本の国立公園だ。 何処に日本の豊かさがあるのだ。貧しい日本なのだ。 どうしてこんな悲惨な貧しい目に高いお金を支払って遭わなければならないのか。誰が考えているのか、乗客の事、宿泊客のこと、登山者の事を。大きく広く考えれば、こうゆう貧困が日常茶飯事にそこかしこで見受けられるのでは無いでしょうか。結局この国では誰もそんな事は考えていないのだ。自省して、誰もが考えているのは自分の都合と金儲けだけなんだと分かった。始めての登山で。 back |
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