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7月24日(水ようび)
おはよう、こどもたち。
アメリカン・プロジェクトX
立ちどまらない夢。
それは、コンピュータが、まだビルひとつぶんくらいに巨大なとき、だった。ゼロックスに、気鋭の若手技術者が、いた。彼の名は、アラン・ケイ。コンピュータの、開発担当だった。あるとき、彼は、ふと思いついた。「だれにでもかんたんにつかえる、ちいさなコンピュータはできないだろうか」......と。
その日から、彼の挑戦がはじまった。しかし、周囲は冷たかった。研究所にこもる彼を、だれもが変わり者呼ばわりした。そんなもの、できるはずがない。みんな、鼻で笑った(......想像だけど)。
彼は、夢をあきらめなかった。やがて、試作品が完成した。すでにマウスまで、ついて、いた。それがじつに、個人のコンピュータ、つまりパーソナルコンピュータ=パソコンのはじまりであった。しかし、会社に開発を提案したが、受け入れられなかった。おお、なんということだ.......彼は、失意のどん底におとされた。
と、そのときだった。ひとりの若者が、彼の前にすがたをあらわし、た。その人こそ、アップルコンピュータの創業者である、スティーブ・ジョブス氏、であった。ふたりの夢はグワッシ!とひとつになり、アップルコンピュータ第一号が完成するまで、そう時間はかからなかった。
(ここでゲストをお呼びしましょう。パーソナルコンピュータの生みの親、アラン・ケイ氏と、彼の夢にいちはやく賛同した、スティーブ・ジョブス氏です.......パチパチパチ)
その後、パーソナルコンピュータはまたたくまにひろがり、いまでは多くのひとが、あたりまえのようにつかうようになった。そして、どんどんちいさくなり、ユビキタス・コンピュータ(いつでもどこでも)の時代も、もう、そこまできている。
(このへんで、中島みゆきのエンディングテーマがはじまる)
アラン・ケイ氏のねばりづよい好奇心は、まだ、おわらなかった。いまのコンピュータは、自分の理想ではない。コンピュータにつかわれるのでなく、コンピュータを創造の道具にする。そのために、あたらしい挑戦をはじめよう。それは、まさに、「知の開発」プロジェクト、と、呼べるものであった。
そこに、東京代官山にある、いま話題の「おせっかい塾」が、反応した。塾長のキクチはいう。「ボクはいま、このアラン・ケイ氏に注目している。そして、ある、すばらしい計画を思いついた。こどもたちのために、ボクは・・・をやろう」。しかし、キクチには、人にいえない悩みが、あった。(時間が、ないんだ......)
そのとき、ふたりのわかものが、たちあがった。「塾長はあせもがひどい。オレたちがやります!」。学生スタッフで、プログラミングがとくいな、ゆうきくんと、プロのデザイナー顔負けの、テツヤくん、だった。そう、いっしょなら、きっとできる.....ウルウル。
キクチは、ふと、とおくをみるような目をした。ふりかえったその顔には、「希望」とかいて、あった。
(ジ エンド)
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